西淡路(国次)高射砲陣地跡

Nishiawaji Old Antiaircraft Gun House 1944年 / Japan Army Historical Architecture
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太平洋戦争末期、1944年(昭和19年)ころ半円形の陣地に建設された、鉄筋コンクリート造の砲台6基と指揮所からなる高射砲陣地跡。
建設当時の地名は国次町。
戦後、この施設を住居として使用する人たちが現れたが、昭和25年から計画されている"市道十三吹田線"の計画地となり、長きに渡り立ち退きを迫られたまま現在に至る。(この計画道路全体の用地取得率事体芳しくない。)
1992年にマンション建設に伴い東側の2基が取り壊され、2012年7月ころから計画道路用地に建つ1基を含む2基が解体・撤去。
早くから工場の一部として転用された西側の1基の一部と、南側の通りに面する外壁が白く塗られた指揮所跡も現存しているが、砲台の面影をとどめるのは北側の通りに面した1基(外階段のついた建物)のみとなった。
※現状と計画道路予定地は右記Google map参照してください。

住居として見ると、家庭菜園もされていた12角形のせり出した屋上部分や、杉板の型枠が転写したとみられるコンクリート壁など、一見1960年代のモダン住宅のようでもあるが、草木がはびこり、通称・やりたい砲台と言われる安普請な増改築が施されたさまが、この建物を異質なものとしてしまっているように感じた。

うねうねと建物のまわりを巡る荒れた小径や、草木が生い茂るだけの行き止まりには、どこか懐かしい雰囲気を感じてしまうとともに、この土地が都市計画から遮断された土地であることを思い知らされた。
敷地内で多くの猫を目にした
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公開日: 2012/10/10 撮影: 2012/7

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